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詩集1


 

   電話
         森 公宏

先月の君からの電話
返す返すも悔やまれる

忙しさにかまけて
君に電話をかけ損なったこと

(あれは君の最期の挨拶じゃなかったんだろうか?)

今思ってみれば
君は

二十五年という
短い時間を

精一杯の足取りで
懸命に駆け抜けていったんだね

絵が好きで
詩が好きで

喋った後いつも
にっこりと笑うのが癖で…

今更何を言ってみたって
君は何も語ってはくれない

これからの僕は
君の残した
決して解けないミステリー≠抱え
生きて行くことになってしまった


 

   地球号
         森 公宏

百年前、千年前
やっぱり地球は同じ夜明けを迎えたのだろうか?

まさに今、新たな世紀の中に
僕らは放り込まれようとしている

ゆっくりと
しかも、着実な動作で…

地球号。

何十億の人類、無数の生命体を乗せ
宇宙船は旅を続ける

行く先も分からないまま
自然法則≠ニいうプログラムによる自動操縦

退屈なほど同じ繰り返しなんだ!

でも、もうそろそろ…

この宇宙船は船内から
ゆっくりと壊れていっている


 

   家
         森 公宏

いろいろ転々としては来たけれど
この家で一番長い時間を過ごしてきた

僕らが兄弟として時空を共有したところ

最初に家が死んだ
(火災で全焼)

次はおまえだった

おまえは素早く駆け抜けていったけれど
僕にはもう少し時間が残っているようだ

新世紀!
これからは自分のために生きてみようかと思う


 

   初夢
         森 公宏

今まで夢らしい夢を覚えていないから
自分にとっては今日が初夢

一昨年亡くなった弟の夢だった

今まで出されたコンピューターに関する半年分の問題を
お前はコンテストがあるから私に解いてくれとせがむのだった

努力家だったお前
「いいけど、できるのか?」

何が目的のコンテストかも分からないまま
私はそれでも

(お前なら大丈夫だろう)という気がして
解答を作る気になっていた

『努力も立派な才能』

何年か教鞭を執ってきて
頓にそう思う

努力によって道を切り開いてきたお前を
私は誇りに思っている

いつしか枕は
涙で濡れていた

医師として志半ばにして
病魔に倒れたお前の無念を思うとき

(あいつの分も自分が頑張らねば…)
という気になるのだ

幸いなことにお前をこの世に
もたらしてくれた人たちはまだ健在で

私が今できることと言えば
お前の分まで孝行をすること位だろう

いつもお前のことを思うとき
私はやさしい気持ちになれる…


 

   大阪にて
         森 公宏

不思議なくらい変わらない日々

いつも通りの町並みと
普段と変わりない雑踏

都会

街は僕に
ちょっぴりの孤独と
少なからずの疎外感を
与えてくれる

四月一日付けの退職

無け無しの退職金をはたいても
借金は埋まらないのに
なぜかリッチな気分

春なのに
ゆっくりと冬眠をしたい気分だ
0:10 01/04/02 大阪にて


 

   ?
         森 公宏

銀色の?=iクエスチョンマーク)

自分が小学校低学年だった頃
まだ、銀色のクレヨンが珍しくって
それを持っていた友達がうらやましくって仕方なかった

そんなとき、確か道端で銀色のクレヨンを拾い
うれしくて、うれしくて
何かを書かずには居られなかった

そこでガラス戸の一枚の磨りガラスに
自分が覚えたばかりの?≠書いた

もう四十年ほど経つのに、まだそれが残っている

祖父の家が土佐山田町の中町にあった頃の話だが、
旭町に移った後も同じガラスが新しい家に使われていた
(そのころのガラスは同じような規格で、結構高いものだったのだろう)

僕は何年かぶりに、当時の友人に会ったような思いに駆られる
「やあ、元気だった?」

 


CHANSON D’AUTOMNE

Les sanglots longs
Des violons
De l'automne
Blessent mon cœur
D'une langueur
Monotone.

Tout suffocant
Et blême, quand
Sonne l'heure,
Je me souviens
Des jours anciens
Et je pleure;

Et je m'en vais
Au vent mauvais
Qui m'emporte
Deçà, delà,
Pareil à la
Feuille morte.


秋の歌(上田敏訳)

秋の日の
ヴィオロンの
 ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
 うら悲し。

鐘のおとに
胸ふたぎ
 色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
 おもひでや。

げにわれは
うらぶれて
 ここかしこ
さだめなく
とび散らふ
 落葉かな。


秋の歌(堀口大学訳)

秋風の
ヴィオロンの
 節ながき啜り泣き
もの憂きかなしみに
わがこころ
 傷つくる。

時の鐘
鳴りも出づれば、
 せつなくも胸せまり、
思いぞ出づる
来し方に
 涙は湧く。

落ち葉ならね
身をばやる
 われも、
かなたこなた
吹きまくれ
 逆風よ。



NEVERMORE

Souvenir, souvenir, que me veux-tu? L'automne
Faisait voler la grive a travers l'air atone,
Et le soleil dardait un rayon monotone.
Sur le bois jaunissant où la bise détonne.

Nous étions seul a seule et marchions en rêvant,
Elle et moi, les cheveux et la pensée au vent.
Soudain, tournant vers moi son regard émouvant:
《Quel fut ton plus beau jour?》 fit sa voix d'or vivant,

Sa voix douce et sonore, au frais timbre angélique.
Un sourire discret lui donna la réplique,
Et je baisai sa main blanche, dévotement.

−Ah! les premieres fleurs, qu'elles sont parfumées!
Et qu'il bruit avec un murmure charmant
Le premier oui qui sort de levres bien-aimées!


NEVERMORE(森公宏訳)

思い出よ、思い出よ。僕にどうしろというのだ。
あの秋、曇り空を横切ってつぐみが飛び
北風が調子っぱずれに歌う黄葉の森に
太陽は単調な光を投げかけた。

僕たちは二人っきりで夢見心地で歩いた。
彼女と僕と、髪の毛も思いも吹く風に任せて。
突然僕の方に愛くるしい眼差しを向け
《あなたの一番楽しい時はいつでした?》彼女は声を黄金のようにはずませる。

天使のように鮮やかな音色の中に甘く鳴り響く彼女の声。
控えめな微笑で僕はそれに答え
おもむろに彼女の白い手に口づける。

──ああ、青春の初花の何という芳しさ!
また魅力的なささやきの中
恋人の唇からもれる最初のええ≠フ何と心ふるわせること!




  お気に入りの詩
             森 公宏

 上の詩は、フランス象徴詩というジャンルに分類される(詩を分類することに意味があるか否かは別の問題として)ポール・ベルレーヌのNEVERMOREという作品である。ソネットという詩の形式をとっており、きれいに韻を踏んでいるのが分かっていただけると思う。(sonnet〈ソンネット〉ヨーロッパの抒情詩の一形式。二つずつの三行詩節と四行詩節からなる十四行の短詩。;Bookshelf Basic 2.0による)題名については、当時この英語題が流行したらしい。
 対訳を載せておいた。(原文と対比させるため横書きにした。)もちろん、日本語の特性の一つとして、欧米の言語に比べ韻を踏むことにあまり適していない≠ニいうことがあり、韻を踏むことまでは考慮していないが、できるだけ原詩に忠実に、しかも自然な言葉を選んで訳したつもりである。
 作品を鑑賞する者にとっては、それがどのジャンルに分類されるかということは、自分としては、固定観念を植え付けること以外にあまり意味を見出してはいない。詩を分類する(広げて言えば、芸術全般における様々なジャンル分け)。などということは、それを生業としている学者連中に任せておけばよいと思う。(誤解の無いように言っておくが、私は『鑑賞するためにはあまり意味がない』といっているだけで、ジャンル分け自体が無意味だと言っている訳ではない。)
 もちろん、気のあった連中と酒を酌み交わしながら、ベルレーヌやランボーの作品について蘊蓄を傾けるということも嫌いな訳ではないが、
「この作品良いだろう?」と言う方が、もっと固定観念を交えず、本来の鑑賞の姿勢だと思う。
「この詩はどこが良いかというと…」というように説明し始めると、その人独自の印象を損なってしまうような気がする。百人の鑑賞者がいれば、百通りの印象を持ってもらえるのが良い詩ではないだろうか。
 私はこの詩に巡り逢って以来、『自分もこんな詩を書きたい!』と常に思っている