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詩集2


 

   蛍
         森 公宏

無抵抗なまま
生きられない環境に
追いやられてしまうものたち

蛍。

きれいにコンクリートでコートされた川には
次の年から彼らの姿は見られなくなってしまう

(人のために犠牲になる生物の
なんと多いこと!)

だが、密やかに、まだ
彼らの住める川があったのだ

不思議な川だ。

真っ暗な空中に
光玉が乱舞し
川面に滲む光

ちょろちょろと
絶え間なく続く水音

僕の周りで厳かな時が過ぎていく


 


   母
         宮本 泰子

化粧をしない母の匂いは
料理の匂い
毛糸の匂い
石鹸の匂い
みんな一緒に染み込んだ匂い
母の匂いはもう消えた

母は何時も優しかった
私は母に一度も叱られた記憶がない
その母に
私は時々しか優しくしてやれなかった

母は温かかった
大きな風呂敷の様に
私達を優しく包み込んでくれた
家を飛び出して帰った時も
黙って迎えてくれた母

幾つになっても母は母
世界中でたった一人の母
母は丈夫な身体と
器用な手を私にくれた


 


   針
          宮本 泰子

時計の針が午後十時を回った
そろそろ寝なくてはと思いながら
あと二枚だからとキルトを縫う
指を休めた時
短くなった糸から針が抜けた
しばたく目で辺りを探す
畳の間や
パジャマを替えて
グシャグシャと掴んでみる
もしかして針山に戻したのではと
一本一本見る
赤や青の待ち針も
つむぎぬいも
大ぐけも
口を揃えて
「帰っていないよ」と言っている
私の探す金耳の小もめん
どこへ行っちゃったの
神隠しに会った様に見つからない
行方不明の針の捜索を諦めて
もう寝なくてはと
縫いかけのキルトを針箱に収める

翌朝 針山の横で
金耳の小もめんが見つかった


 


   足摺温泉郷
         森 公宏

露天風呂に入ると空一杯に広がる星
ミルキーウェイ
時折灯台からの光が横切るだけの真っ黒なスクリーンに
一面に星々が振り蒔かれている

(いつか子供の頃に見たような星空)

ゆったりと湯に浸りながら
僕は首が痛くなるほど天を仰いだ

先人が思い描いた銀河のストーリー
ギリシャ、中国、日本…

星空を仰ぎ思いを巡らせるとき
人は敬虔な感情が湧いてくるのだろう

まだ神々が活躍できた時代の先人達の創作
神話が単なる空想で片付けられないような思いがしてくる
そんなことを考えながら宇宙の起源に思いを馳せる

(人間なんてちっぽけなものだよ)

今夜は宇宙のロマンでも語って見ようか
そして子供の頃に見た夢の続きを見よう


 


   秋
         森 公宏

台風がひとつ

通り過ぎるたびに
夏が散って行く

コロコロ
コロコロ

虫たちが歌う

もう秋だよって


 


   言葉探し
           宮本泰子

虚しい
哀しい
寂しい
侘びしい
そんな一言で表せない
今の気持ち

もっと適当な言葉は無いのか
思考を重ねる
腹立たしい程 悔しい

 無念


 


   パイロット
           森 公宏

最近 空を飛ぶことについては
そんなに考えなくなった

子供の頃には
よく憧れたものだ

鳥のように
風のように
自由に空を翔られたら
と願ったものだ

もしも鳥に生まれていたら
そんなこと願いもしなかったのだろう

実現できた夢は
もう夢ではなくなるのだ

二十世紀
人類は様々な翼を得た

空を飛ぶことはもはや
移動手段の一形態でしかなくなったのだ

いつしかパイロットになっていたぼくは
幾度となくフライトを繰り返しているうちに
雄大な空からの景色も
それほど感動を覚えるものでもなくなってしまった

自分の中で
こんなものだろうと
予想ができるようになってしまったのだ

大空から見る朝焼けや夕焼け
地表の都市の夜景も
見慣れた街角の景色と
さほど違いはないものなのだ

夢を実現してしまった後の
虚しさったらない!

人は夢を実現しようと
努力している間が
最も幸せなのかも知れない

でもぼくは
いつだって
誰も実現していないことを
未だに夢見ている


 


   夢
         森 公宏

初夢
去年は亡くなった弟の夢だった
朝起きると涙で枕が濡れていた

夢は脳のヴァーチャルな疑似体験なのだ
現実を元にした不随意な世界

もしも夢を自由にコントロールできたら
世界征服だって可能だ

一月二日
今日は良い夢を見たい


 


   SL列車
         宮本泰子

まるで久々の友に会える様に
朝から落ち着かない
今日はSL列車が通る日
陸橋の線路の真上でカメラを構える
大勢の人が集まって来る
豆粒位から三・四回シヤッターを押す
汽笛の挨拶を忘れない
懐かしいSL列車は
ぴかぴかに磨かれてあか抜けていた
元気だったかい、

修学旅行の楽しかった事
都会から二十四時間かけて疎開して来た時
顔も鼻の穴も煤だらけになった事
通学の時 豚車に押し込まれた事
学徒動員から引き揚げる時
大阪の街は炎に包まれていた事

私の思い出号が余韻を残して
ゆっくり走り去って行く